FC2ブログ
--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2018/07/12 (Thu) W杯日本代表熱戦後の道頓堀における祝祭時空間(ダイビング)の成立を喜ぶ

W杯日本代表熱戦後の道頓堀における祝祭時空間(ダイビング)の成立を喜ぶ

平成3076

屋 繁男

 

1、現代における祝祭空間の必要性(あまりにもそういう空間がない)

 祭りでは時には人が亡くなる。例えば岸和田のだんじりや諏訪の御柱祭等がそうであるが、それがために中止になったとは聞かない。ということは、ごく少数の犠牲者が出たとしても、このような祝祭空間が継続されなければならないと人々が思っているからに他ならない。

 現代の日本人特に若者たちが日本人全体として祝祭の時間と空間を共有できるのは、日本代表が勝利したり善戦したりした時に行われる渋谷交差点のハイタッチによる大騒ぎと道頓堀での飛び込みぐらいしかないのだ。

 交差点でのハイタッチの騒動に比べて飛び込みには危険がつきまとうが、御柱祭の逆落としに比べればそれ程のものでもなさそうだ。

 問題はこのような祝祭的時空間というものがいかに必要なのかということがマスコミをはじめとして語られていないということなのだ。アニメをはじめとした日本文化が海外で受け入れられていることは周知のことである。ところで、ディズニーアニメは日本のアニメの衝撃力に及ばない。唐突に思われる読者もおられるだろうからその理由を一言でいえば、M. フーコーも言うように近代ヒューマニズムというものが、もはや思想的には終了しているにもかかわらずそれにほとんど依拠しているからだと言っておこう。

アニメとは一口で言えば現実の虚構ないしはその拡大のようなものと言える。そのようなアニメイトする能力に優れた日本文化が、現実の世界での身体に課する虚構とその拡大ともいえる祝祭時空間に共通の思想や論理を持っていないとすれば悲しむべきことである。

 やりたいとか若者にやらしてやれとかいうことや提案する人々なら沢山おり、それが現実に道頓堀川にかかる戎橋上で行われていることにつながっているのであろう。しかし、問題はそのことを多少なりとも共通の意識(サッカーではコンセプトという)を作り思想化するということなのである。

 さて社会的なダイビングとして有名なものにボスニア・ヘルツェゴビナの都市モスタルにある16世紀の橋で市内を分けているネレトヴァ川に架かっているスタリ・モスト(Stari Most「古い橋」)という橋がある。紆余曲折を経て世界遺産に登録された橋からは定期的にダイビング大会が1664年以来催されている。道頓堀の近くにある高津の宮は古事記にも語られ歌われており、4世紀の都である。古代遣隋・唐使の出た御津の浜辺も近くにある。若者が身を挺して飛び込むにはそれこそ物語やゲーム的データーの素材にも満ちた場所であり、値打ちのあるところなのである。我々が教えていないにもかかわらず孫や曾孫はそのことを知っているのである。

ところで戦後、国家的な祝日として残ったのは天皇誕生日、その後違った名称で再生した建国記念の日くらいで、他はほとんどGHQの政策でなくなった。しかし道頓堀は戎橋上では寺社等の伝統的な祭とは違った新しい祭とその時空がすでに30年位前から生まれている。行政の側はこれらの祝祭に監視の側にいるだけで、居合わせた若い市民たちが実行している。結果としてサッカー日本代表の試合結果を祝って行われる祝祭時空間である以上、国民的な祝祭と言ってよい。そのような祝祭の時空間の誕生は若者たちはもちろん吾々中高年者も心より歓迎するところと言えよう

 

2、具体的妥当な方法

行政や警察が管理すると面白くなくなるので、市民にその管理をまかせるべきであろう。近所住民の迷惑を理由に、このような祝祭時空間をなくそうとする動きもあるが、道頓堀や渋谷交差点はそのようなものとしても国民市民に選ばれたのであり、さらに言えば日頃近隣の商店街は人々の集中により利益を得ているのであり、4年に一度程度のことであるなら甘受すべきである。飛び込みではなく、橋の上で大人数でジャンプするのは市の当局者も述べているように崩壊の危険もあるので止めさせるべきだし、もちろん暴動や犯罪のようなことがあれば取り締まるのは当然である。

 道頓堀には10年ほど前プールを作る案があった。戦前道頓堀で子供たちが泳いでいたことがあったからだ。このような計画が現代大阪は南の繁華街で実現できるか少し難しい問題もあるだろう。しかし何年かに一度の祝祭による飛び込みは若者たちにとっては、言ってみれば必要な行為なのではなかろうか。

 現代では現実的にはいけないことであるけれども、行政等が見逃して飛び込み行為は行われている。行政のお墨付きまではまだ当然ない。それは良いことでもある。けだし行政指導になると、何かれと規制され祝祭空間の楽しさが半減してしまう。そこで道頓堀の場合、大阪市は道の岸に水道の蛇口、水飲み場を平時にも置いておくことによって飛び込んだ人が体を洗うことができるようにすること、もう一つは堀から岸に上がるためにはコンクリートの壁に梯子を作っておくことが必要であろう。この梯子は飛び込んだ人のためだけではなく平時にも何等かの事情で川に落ちた人に利用可能だからである。

 論者によっては小さなシャワールームを作れとか、飛び込み台を作れとか言う人もおられるが、前者のシャワールームはともかく、飛び込むためのわずかの立ち位置を確保できる張り出した部分があればなおよいかもしれない。後は、市民が判断してくれということで充分であろう。

スポンサーサイト

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2018/04/30 (Mon) 平成30年5月30日(水)に、第30回記念ライブ『<屋繁男詩と歌曲を唄う>「日本抒情歌を唄う」』を西荻窪の「音や金時」で行います。

平成30年5月30日(水)に、第30回記念ライブ『<屋繁男 詩と歌曲を唄う>「日本抒情歌を唄う」』西荻窪の「音や金時」で行います。


縮小 第30回 東京ライブ チラシ

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2018/02/03 (Sat) <高校サッカーマンが作ったささやかな日本サッカー神話>-「大迫半端ないって」発言について-




<高校サッカーマンが作った
   ささやかな日本サッカー神話>

ー「大迫半端ないって」発言についてー

                           平成3018

屋 繁男

 

滝川第二高校の中西隆裕キャプテン(87回全国高校サッカー大会20091月)

大迫半端ないって、あいつ半端ないって

後ろ向きのボールめっちゃトラップするもん

そんなんできひんやん普通、そんなの出来る?

言っといてや、できるんやったら

新聞や、全部新聞や、とられたし

(大迫が)また一面やし

また、また、また、また 2ゴールやし

1ゴールにしとけばよかった

大迫うまいなあ、どうやったら大迫止められるんやろ?

あれは絶対 全日本に入るな!

 

(かこい)監督

あれはスゴかった 俺握手してもらったぞ

鹿児島城西を応援しよう

 

 

 

試合終了後、グランドで単に勝者が敗者をなぐさめるというようなことは他の国のサッカーでもよく見受けられることではある。又勝利監督が敗者をほめるということも通常のことである。

  しかし敗者が試合終了直後に泣きながらユーモアたっぷりと「大迫半端ないって」と真からの口惜しさと相手を称える言葉を発したことは、半端ない大迫のプレイ以上に大きな功績を日本サッカーとその文化に残したことになる。いや恐らくサッカーだけではなく日本人の精神に大きな文化、行動のスタイルを残したことであろう。当時の監督(かこい)も「あれはスゴかった、俺握手してもらったぞ」とユーモアたっぷりに言ったことは、大変な突っ込みで一流の漫才師もびっくりであろう。キャプテンと監督の見事なボケとツッコミと言うべきであろう。

  現在この発言はユーチューブの映像となり101万回以上再生されるところとなっており、事実今でも「……半端ないって」というせりふが、高校サッカーにおいてはもちろん日本のサッカー全体でも使われるようになっている。

もし他の異なった文明国で上記のようなことを言ったなら、やけっぱちのニヒリズムか、場合によっては気がふれたともとられかねないだろう。ユダヤ・キリスト教圏や儒教圏ではなおさらそうであろう。つまり文脈がずれているからである。反対に日本人は上記の言に共感することができる。即ち文脈がわかるからである。

  しかしサッカー人はもちろん文化・教養人たちでさえ、その共感の基礎的文脈を明確に理解しえていない。そのためこの中西発言は単なる柔軟さや精神的幅の広さという、現代マスコミ特有のポリティカル・コレクトネス(口当たりだけの正当さ)によって処理されることが多く、又単なる関西特有の自虐的ユーモア的な脈絡のうちにとらえられることが多く、その結果スター選手大迫の引き立て役のような役割だけを上記の言葉に与えてきたのである。

  しかし、実際には大迫選手のプレイ以上にこの「大迫半端ないって」という言葉の方が吾々日本人の胸に響いてくるのは何故であろうか。これはサッカー文化だけでなく、日本文明を考える上でも価値のあることなのである。

  思うに中西キャプテンと栫監督の言は日本文明の基礎に照らし合わせ解釈すれば、古事記にまで及ぶ正当な文脈を保持していることなのである。

  周知のように倭建命は小碓(おうす)と称していた。熊襲征討の時、策略、だまし討ちをして熊襲の首領熊襲建を殺害した。その時死の間際に熊襲建命は自己の建という名を与え小碓命にこれからは倭建命と名乗るようにと言ったという逸話である。

  又大国主命が根の国からスサノオの娘須世理姫を連れて竪琴をはじめとした財宝とともに、スサノオを欺いてこの世に逃げ帰った。つまり殺したりはしなかったがひどい目にあわせたのだ。しかしこの時、スサノオは口惜しさをにじませながらも、大国主に自分の娘を妻とし、その太刀と弓矢を授けて敵に当たることを言い祝福したのである。これら二つの古事記の神話は殺されたり騙されたりした側が憎悪したりせず、多少の口惜しさはあるにしても、勝者を祝福するという神話なのである。

  全国高校サッカー選手権大会準々決勝敗退というささやかな人生における限界状況において、キャプテンという立場から中西隆裕はあのような言説を一気に並べたのである。

  彼は相手の大迫選手のことを単に褒めたたえるためだけに言ったものでもなく、ましてや不満や無念をつらつら訴えるためだけに言ったものでもなく、とんでもない選手を相手に試合をやって敗北した自分達チームのために、大迫という選手を通じて、ないしは利用してサッカーというものを意図せずして象徴化したのである。しかもささやかな限界状況から出た言説は、はからずも神話となったのである。

  戦後70年以上経ち、ずいぶんと吾々日本人は変わったように思われるがアイデンティティーの基本において変わらないものがあるのだ。必要なことはそのことをもう少し意識的に認識しておかないと、中西隆裕キャプテンの言っていることの日本文明としての普遍性につき当たらないということなのである。

  中西隆裕キャプテンは大迫選手に負けないほど立派なのである。いやそれ以上に日本サッカーの歴史にとって大切な言葉を言い放ったのである。日本の文化としてのサッカーの成立に大きく貢献する大変な言葉だったと言ってよい。小生が前々から言っていることだが、文化としてのサッカーが隆盛しなければ日本のサッカーは強くならない。それは日本人としてのアイデンティティーにふれる事柄でもあるのだ。

 

 

 

 

後記 中西隆裕選手はその後関大のサッカー部へと進み実は小生の近くに居り何回も話をしたことがあるのだが、その中西君が例の発言をした中西だと知ったのは恥ずかしながらかなり後になってからだったのである。

 

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2017/12/15 (Fri) 平成30年2月1日(木)に、第29回『<屋繁男詩と歌曲を唄う>「日本抒情歌を唄う」』ライブを西荻窪の「音や金時」で行います

平成30年2月1日(木)に、第29回『<屋繁男詩と歌曲を唄う>「日本抒情歌を唄う」』ライブ西荻窪の「音や金時」で行います。
縮小 第29回東京ライブ 
縮小 岩山の…

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2017/09/12 (Tue) 10月21日(土)に、第28回<屋繁男 詩と歌曲を唄う>ライブを西荻窪「奇聞屋」で行います。

10月21日(土)第28回<屋 繁男 詩と歌曲を唄う>ライブ東京・西荻窪のライブハウス「奇聞屋」で行います。
 ゲスト元横浜華銀理事長、元横浜台湾同郷会会長、滑空第一飛行第一戦隊、卒寿(90歳)の兵長「呉正男さんです。
縮小第28回 東京ライブ 2K チラシ 

出撃はついに来たらず空挺隊

              卒寿の老兵 思いを語る

               呉正男翁に 横浜中華街にて、真昼

                             平成2982日
                                
屋繁男


未分類 | trackback(0) | comment(0) |


| TOP | next >>

プロフィール

shiropapa1111

Author:shiropapa1111
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。