2009/09/16 (Wed) 言霊と「妹(いも)の力」

言霊と「妹(いも)の力」
―特攻隊員となでしこ隊―
平成20年11月8日


<劣化した言霊とその弊害>
 「言霊」というものが、今も我々日本人を支配している。このことからくる弊害を作家の井沢元彦さんらが指摘している。例えば大東亜戦争の17年も前に、すでに日米戦での敗戦を完全予想していた英人ジャーナリストに対して、大半の日本人はそれを一つの意見として論じることができずに、その英人ジャーナリストが日本の敗戦を望んでいるかごとき受け止め方をして、彼をいわば人格的攻撃の対象とした内容と結果について述べられている。
要するにこの問題は、日本を敗戦予想した英人ジャーナリストの言葉が正に言霊化して、日本人の反作用を発生させたよい例である。(井沢元彦 言霊祥伝社黄金文庫参)
 またよく言われる例が、戦後のいわゆる「平和憲法」下において、少しでも有事を想定した言説をはくだけで軍国主義者であるかごときの反応をマスコミや平和団体が行っていることがあげられる。しかし、当たり前のことだが、外相やかつての防衛庁長官や防衛大臣らは、またその下にいる役人らが有事を想定して研究したり部下に指示するのは本来の職務であるにもかかわらず、このような具体的な有事を想定した言説をはくと強烈な拒否反応を繰り返してきたのである。ここにも、ある人の言ったことそのものが実現するという「言霊信仰」の支配がみてとれよう。
 このように国家や国民にとって死活問題であり、当たり前のリアリティを要求される軍事に関してもそのようであるから、他の分野にいたっては推して知るべしである。例えば現在サッカーが野球をはじめとした人気スポーツを抜いて一番人気の競技になりつつあり、
特に若い人にとってはそうである。昔々、Jリーグなるものが発足するまでの日本サッカーはひどいものであった。はっきり言えば指導者がなっていないのだった。中途半端なオールラウンドプレイヤーばかり育って、点を取るストライカーがまるで育成できないのだ。いやできないと言うより、してなかったのだ。
 ところで、Jリーグ発足当時は、リトバルスキーやジーコ、ストイコビッチという全盛期に比べれば少し衰えたとはいえ、世界の一流のストライカー達が来日し大いに盛り上げ、小生ら昔からのオジサンサッカーファンも、その面白さに感心したものである。しかし、最近はそういう一流のストライカーは来ないらしく、また日本人のストライカーも育っていない。二流の外人ストライカーと大久保選手当たりの日本人ストライカーが得点王を争っているというのがJリーグの現状である。そのため発足当時のさすがプロと観客をうならすような試合が少なくなり、観客動員数も頭打ちから少し減少傾向にあると言われている。
 これらには日本のサッカー指導者の無能さが大きいが、それ以上に見逃せないのが、その無能なままにあり続けさせる「言霊」の影響である。つまり言霊作用の影響により自由な批評ができなくなっているのだ。かつてJリーグ開始早々はあれだけ歯切れよく辛口の批評を行い、監督、また選手の良い点悪い点を指摘し続けていたセルジオ越後というブラジル日系人解説者でさえも、最近では生放送においてはあまり批判をしなくなってきていると聞く。心あるサッカーファンに聞くと、明らかな批判は生放送ではするなと圧力を受けているらしい。つまりセルジオ越後が、日本代表になんとか勝ってほしいために例えば「このままでは日本代表は負ける」とか言えば、彼が日本代表が負けることを望んでいるかごとき力が言霊の作用によって生ずることを恐れているのだ。
 しかし、日本代表をはじめ日本のサッカーチームを強くするために、その問題点を指摘し続けることは極めて必要なことは言うまでもない。当たり前の批判を圧殺することは、いわば「劣化した言霊」の威力に屈して、マスコミやサッカーの指導者達の自己保身のためにのみ、それを利用されている状況をまねくだけなのである。
 ここで言霊とは何か一応定義しておくことにしたい。簡単に言えば、「サッカーの日本代表が負ける」と言えば、その通りに日本代表が負けるないしはその可能性が高くなるという一種の信仰のようなものである。井沢元彦さんの言うところに従いもっと言えば、言葉と実体(現象)が直接にシンクロしてしまうことと言えよう。もちろん西欧社会でも、日本とは違った意味で何事かを祈念する言葉に対する信頼は強くある。しかし、そこでの言葉は究極的には神の加護や恩寵がたよりであり、言葉で祈念する人間は一匹の「羊」にしかすぎない。しかし我々日本人の言葉は、それを唱える人の意志や願望がそのまま直接に実現・成就されることを期待し信じているところのもので、似て非なるところがあるのである。つまり西欧社会では、言葉で訴えた相手である神の力を信じている。それに対して、我々は言葉そのものに働きとその力を信じていると言えそうである。それを日本人の「言霊信仰」というのである。

<なでしこ隊の乙女たち>
 以上述べた「言霊」の弊害に関しては、現在に生きる我々日本人のよく共感しうるところである。しかし、本来言霊というものはそのような弊害の側面だけではなく、今持って我々、人間とりわけ日本人には必要不可欠なものとしてあるものと思われる。日本の歴史の中で言霊は常に我々を鼓舞し続けて来たはずのものだったからである。
 歌詠みでもある小生は従来より、よくこのことを意識せざるを得ない立場にあったのであるが、先日鹿児島県立知覧高等女学校生徒であられた前田笙子さんの日記にもとづいたドラマ「千の風にふかれて」を覧て、この「言霊」が日本人をいかに支え、救ったのかという点を少し垣間見た気がしたものである。
 前田笙子さんは、終戦間近い時に鹿児島県は知覧にあった陸軍特攻隊の若者達のお世話をすることになったのだが、そこでの青年達の苦悩の様子とそれを見て十五歳の少女が感じた諸々の驚きと哀しみを日記に記録したのであるが、このドラマはそれを元にして制作されておりこのような戦争ものという点ではかなりの秀作であったといえよう。その成功の秘密は、十五歳の少女の眼を通して記録した若者たちの最後がよくえがかれているという点もあるが、それにもまして重要なのは、これらの若者が彼女ら少女に対して、そして少女だからこそ「言霊」を信じて語ったと言う事実である。
そして、この特攻隊の青年らと少女との間に繰り広げられた短いとはいえ濃密な関係の中に、こういってよければ我々日本人の持っている歴史と文化と民俗、さらには神話が垣間見えるのである。特攻隊員たちは何故言霊を信じて語り残しておくべき対象として少女達がふさわしく思ったのか。それらは一言で言ってすぐ後で述べる「妹(いも)の力」という我々の民俗と神話である。

<妹の力とは何か>
ここで「妹の力」とは何かについて説明しておこう。「妹の力」とは未曾有の危機に男が立った場合、女性とくに「姉妹」ないし「姉妹」なる者が守ってくれるという信仰である。それは日常的には失われたように見えていても、男のある種の危機的状況のもとにあったとき、よみがえってくるのである。
 例えば、先の大戦の時に兵士達は千人針という腹巻きのようなものをつけて、しかもその中に女性の毛を入れて、戦場におもむいたことが、子どもの世代の我々にも知られている。千人の女性の針と赤い糸によって守られているということなのだ。
 沖縄では、姉妹の霊力を信じるオナリ神信仰が強いため、姉妹の織った手拭いを身につけて出征した。沖縄の兵士の間では、枕元に立った妹に手引きされて危機を救われたという話が伝わっている。
又、よく言われることだが大嘗祭等の構造を見てもしかるとおり、古代日本社会では王の「よみがえり」には祖アマテラスが立ち会うようになっていた。つまり男がよみがえる際には、女の力が必要だったのだ。
思うに、「同期の桜」を歌って仲間と死地に赴いたとして、靖国神社で再会して酒を飲み交わし、それはそれでイメージできないことは無いのだが、再生する、即ち再び生まれるという象徴を可能とするには女性、出来れば若い乙女の力を借りるしかないのは我々の民俗や文化からして当然のことなのである。全能の神が土から我々人間を又作り上げてくれたり、最後の審判時に生前のまま再生させてくれるというような象徴は我々の民俗と文化には無いのである。

<特攻隊員の言霊と「妹の力」>
 軍隊、特に特攻隊という閉塞した機密に属する任務についている青年隊にとって高等女学校の生徒なんてものは夢のような存在であったはずである。性的なあこがれ、欲求も当然あったであろうし、又産む性である女学生らに対する神秘性や先にふれた「妹の力」つまり、オナリ神的信仰的な面もあったのではなかろうか。当時特攻隊の青年の中には、我々日本人の持つ信仰「言霊」と「妹の力」を信じれる人々がかなりいたのである。以下そのことを、例のドラマにそってふれてみたい。

 さて、例えば、特攻機に乗り込む間際に飛行場の片隅にあった小石を自分のことを憶えておいて欲しいために自分の形見として一人の少女に渡したエピソードが印象的であった。また、岡安という特攻兵がトラックの台上に乗って帰宅する女学生の一団に、トラックのふちにぶらさがって「なでしこ隊ありがとうな、ありがとうな」と何度も叫びながら涙を流したエピソードがつづられている。さらにまた本島少尉という青年は、爆弾がはずれたために出撃に失敗したのだが、少女らの前で男泣きに泣いた話もつづられている。このように軍事の機密に属することを少女らの前で言うという彼らの追いつめられた心理もさることながら、彼女らに対してこそ言っておかねばならないという心理が働いたと考えるべきで、それが「言霊」であり、「妹の力」と考えるべきではなかろうか。
 さらに、この本来教師になりたかった本島少尉は、なでしこ隊の一人でこのドラマの原作者と言ってよい前田笙子さんの自宅をあるとき訪れ、この少女をある学校へ連れ出しそこで数学の授業を行ったエピソードが詳細にえがかれている。授業が終わって自分が(この世に)居たことを憶えていてくれと言って彼は号泣するのであるが、このようなことはすぐに死へと赴く特攻隊員という立場を考えてみても少し分かりにくいところがあって当然である。しかし、前田笙子さんが嘘をつくはずのものではなく本当にあったことなのである。恐らく彼女もこの授業をした話は日記の中には当然書いてあったものだか、世間に公表することをはばかっていたものと思われる。その理由として考えられることの一つは、このことが彼女らなでしこ隊の任務である掃除や洗濯という身の回りの世話をするという範囲を越えているからであり、もう一つは誰もが思うように本島少尉という二十代になったばかりの青年の彼女に対する恋心というものが当然取りざたされることに対する恐れである。そのような受け取り方をされた場合の本島少尉の名誉を思ってのことであったかもしれない。しかし、八十歳半ばを越えられ彼女にこのことを発表することが本島少尉の霊に報いることになるのだと、それこそ決意されたのは何故であろうか。
小生は、そのことを今しばらく考えてみたい。それは、本島少尉が言葉や写真や授業として彼女に託したものは、死への恐怖による面もあるし、彼女への恋心による面もあるであろう。しかし、十五歳の少女にこれらのことを託したのは、本島少尉が彼女の「妹の力」を信じ、且つ言霊としての言葉を彼女に投げかけたのだという点を忘れてはならない。八十歳半ばになって彼女はこのことに気づいたということなのであろう。十五歳の時には分からなかったかもしれないが、三十歳にでもなれば、この「妹の力」という我々日本人の持つ神話は当然無意識にしろ分かっていたのであろう。しかし八十歳代半ばという今になって彼女は本島少尉のエピソードつまり「妹の力」を信じ言霊を信じて自分に語りかけてきた本島少尉の物語を語り残しておく責任を感じたのではなかろうかと筆者には思われるのである。
 本島少尉が彼の写真の裏に「明日知れぬ命野菊に静かな 特攻隊」(本島少尉)と書いて彼女に送ったことについて、彼女は次のように述べている。
 「明日出撃か、いや明後日かもしれないと切羽詰まった状況でお気持ちを訴えられていらっしゃるような気がするんです。(彼女に対して)野菊の静かさで癒される意味で、よりもっと強いものですけれど、野菊は、もしかしたら私かもしれません」つまり、六十数年の歳月を経て本島少尉の信じた「妹の力」と「言霊」は彼女を通して出現したと言えるのである。
 また話は戻るが、そもそもこのような「なでしこ隊」のようなものを組織した人(とりあえずは校長と思われる)は、どこまでかは知らないけれども「妹の力」という我々の民俗を理解していたからこそなしえたことである。さらにその少女前田笙子さんの祖父が自己の孫娘と特攻隊員の個人授業を許したということも、単に死地に赴く特攻兵だからという理由だけではなく「妹の力」を信じすがっている一青年をよく理解しうる共有した神話を持っていたからに他ならない。
 もうおわかりのように以上は単なる恋の物語ではない。ましてや今はやりの「世界の中心で愛を叫ぶ」の話ではない。「妹の力」と「言霊の力」を信じている我々の親や祖父母の話なのであり、実は今もなお日本人が最後の最後に何を信じているかという話なのである。

<現代の「妹の力」=レンタル姉さん>
 ここで現在も「妹の力」が我々日本人に大きな神話力としてはたらいている例を上げておこう。最近いわゆる「引きこもり青年」を訪問し社会復帰させる妙齢の女性達がいるが、このような特攻隊の青年達とはまた違った意味で危機に陥った青年達を救うために彼女たちが「妹の力」として活躍している。この訪問活動を主役として担っている女性のことは「レンタル姉さん」と呼ばれている。(拙論 雑誌「自由」平成19年6月号 「引き籠り」訪問活動者-「レンタル姉さん」に「妹の力」を見る-)
それは、姉妹が兄弟を守るという我々の間に今も強く残る民俗的心性である。西欧の姉さんでは、そのような自信はもちえないであろう。

    このように彼女らの使命感や自信の背後に、彼女らの背中を押している日本の歴史や民俗を感じたのは筆者だけではないだろう。そう、彼女らの存在(活動)は、「妹の力」なのだ。というのは、彼女らが助け救わんとしているのは、人生の絶対的危機に陥っている男(ほとんどが青年)であるということが第一点。そして、何故引き込もり青年に対してはレンタルおじさんやレンタルおばさん、さらには後にはあみ出されるレンタル兄さんではだめなのか、ないしは効果が薄いのかという第二点を考えれば、彼女らの力量の程がしられるであろう。
もちろん、レンタル姉さんと若者とは、実の兄弟姉妹ではない。特攻隊の青年らとなでしこ隊の乙女との関係も同様である。しかし、イザナギ・イザナミ兄妹による創造神話を持つ我々の「妹」たちは、アダムのあばら骨から誕生したとされる西洋ユダヤ・キリスト教世界の女の始祖たちより、はるかに強力な力を発揮することになるわけである。
軍神と言われる特攻隊員らといわば落ちこぼれの「引き籠り青年」とを一緒にすることに驚かれるむきもあるであろう。さらに言うならば、前者は言霊の力や妹の力をどこか信じていたのに対して、後者は一般にそれらの力を信じる力量さえあやぶまれる者達であることを思えば、にわかに同一に論じえるものではないことは百も承知である。しかし、我々の民俗性や神話の類型としてはそれこそ驚くほど同じであることを喚起しておきたい。

<エピローグ>
 最後にエピローグである。小生宅から南東へ少し行くと、三木露風の墓がある。三木露風と言えば今の若者はせいぜい「赤とんぼ」を知っているぐらいであろうか。彼の詩の中に戦前に思春期をおくった人ならば誰でもが知っている詩がある。

<ふるさとの>
ふるさとの 小野の小立に
笛の音の うるむ月夜や
乙女子は熱き心にそをば聞き泣流しぬ
十年経ぬ 同じ思いに君泣くや 母となりても

 この詩を現代人ならば恐らく淡い恋の詩ととるであろう。それはそれで間違いないのだが、それだけはなくこの詩は「妹の力信仰」なるものを告白した詩と考えられる。であるから、十年経て母となっても自分(青年)の話に耳を傾けてくる乙女を信じられるのである。この詩は曲を付けられており、小生らの父親の世代の人に時々思いを込めて唄われる方々がいた。
 特攻隊の青年達も十年を経ずとも母になるだろう乙女たちに「言霊」を信じて言葉をかけ、そして「妹の力」を信じて死地に赴いたのである。











若人が最期の言葉を乙女らに
向けて語れば そをばはらまん

赴く人の最期の言葉を乙女らが
その身に はらむという言霊の国

その菊は私だったと「乙女」言い
青年の言霊 今現れり

言霊が人を滅ぼし 又救う
国もかくなり この不思議さよ

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2009/09/16 (Wed) 現代オナリ神論     ---「引き込もり」訪問活動者「レンタル姉さん」に「妹の力」を見る---

現代オナリ神論
---「引き込もり」訪問活動者「レンタル姉さん」に「妹の力」を見る---
屋 繁男

1、「引き込もり」「ニート」の現状
 1)労働時間は先進国の平均1、5倍という過剰労働時間
 2)日本人のアイディンテティー獲得の文化的特異性

2、「レンタル姉さん」の登場とその仕事内容

3、女性の霊的優位性

4、「レンタル姉さん」は現代のオナリ神である
 1)オナリ神(妹の力)の民俗史
 2)レンタル姉さんの強さの秘密

5、オナリ神という民俗─「サクラ」は「トラさん」のオナリ神である

6、付記











現代オナリ神論
「引き込もり」訪問活動者「レンタル姉さん」に「妹の力」を見る



1、引き込もりニートの現状     100万人の危機
 1)労働時間は先進国の平均1、5倍という過剰労働時間
働き過ぎによる過労死が問題とされてから久しい。’66年にすでに週40時間労働は過去のものだと言われていたのに、労働時間が減るきざしがない。それどころか人手不足により増える傾向さえある。現在、他の先進国に比べ日本人の労働時間は、平均1,5倍という高さである。働き盛りの30~40才代を取れば、1,8倍から2倍近く働いていることになる。このような人間の生理的な限界を越えた労働を「会社」というシステムが、成熟に向かわんとする日本社会が今なお要求するのは、どういうわけなのか。一度真剣に考えてみた方がいい。もちろん仕事である以上、徹夜のようなことだってあるわけであるが、常時このようなことを働く人に要求するシステムでは、10人に一人くらいのとてつもなく頑丈な体力を持った人しか続けることができないような労働内容である。このような、生物としての人間の限界を無視したことを続けていくと、結局は「面従腹背」となったりして、その会社組織は崩壊してしまう可能性がある。ニートの若者達の中には、いち早くこのことに敏感に反応している人々がいることは間違いない。

 2)日本人のアイディンテティー獲得の文化的特異性
  日本人のアイディンテティーの獲得は、その所属する「場」に依存するのだがその それぞれの場は、一貫した原則(キリスト教世界や儒教世界のような)がないために、人との距離の取り方に文化的な一貫性がない。
  そこで日本人は、その場に内と外というとりあえずの線を設けて、その内側を甘えられる関係、その外側を甘えられない関係とすることで、自己のアイディンテティー確認の一助とするのだが、日本人は会社や学校での同僚や同輩が身内になったり、親戚であっても、時には他人と見なしたりするため、かなり流動的と言わざるを得ない。
    よって、この内と外の関係、つまり甘え甘えられる関係を取り違えると一気にその身内の範囲は、核家族に縮小してしまうことになるのです。
  ここに「甘え」という不可視の装置を基礎とする我々日本文化ないしは、日本的システムの弱点があるのです。
    けだし、この装置を使えるためには甘えの選択対象との距離感を実に素早く正確に判定しなければなりません。引き込もる青年達のかなりの部分が、このような「甘え」装置を使う技能を持ちそこなった、つまり甘え下手な人々といってよい。
  あらゆる「場」においては、当然自己と他者との葛藤があり、青少年の場合、その他者は権力的上位に立つ場合が多い。この場合、その上位の他者やその集団への一方的な同一化や同調を、日本社会では求められているように言われることが多い。しかし、日本社会でもアイディンテティーなるものは、むしろそれらの他者や集団に対する日常的な相互作用、つまり抵抗や妥協又は交渉という過程を通じて具体的な形として成立するものと思われる。
    このようなアイディンテティー獲得に失敗するとどうなるのであろうか。他者や集団との一方的な同一化や同調による価値基準や社会的レベルという、いわば抽象的な観念を実存するかのように想定してしまうことになるのである。しかし、彼らが漠然とあると思っているそれらのレベルや基準の内実を、先に述べたような抵抗や妥協や交渉という相互過程を通じて体得していないため、それらの実存を語ることができないままなのである。そのため、逆に彼らの社会的努力行動は常に完璧な、いわば遠ざかっていくようなレベルや基準を目標とすることになり、やっぱりだめだったと結論せざるを得なくなる。
  その結果、アイディンテティーを獲得しえないままに挫折をくり返し、最後は引き込もったりすることにもなるのである。
        (「ニートという生き方」田尾宏文)

そして、さらに危機的なことは他者と何らかの不一致や軋轢がある場合に、その他者の自己に対する態度や行為が単に割や損を喰わせるだけの物なのか、はては、虐待のような暴力的なものなのかの区別があいまいになることである。これは、端的に言えば被害妄想としても言えるであろうが、他者とのあらゆる不一致や軋轢を憎悪の対象としているのでは、その引き込もり青年そのものが生きのびていけないことはほぼ確実である。
    ところで、これらの青年の対人関係を家族内の問題に投影してみよう。これらの青年のほとんどは、他人の家に行くことは少なく、行ったとしても、一日中いや半日も居続けるような経験はほとんどない。我々団塊の世代までは、よく近所の友達の家に一日中上がり込んだりしたものだ。そうすることによって、よその家族の状態やルールをそれとなく見聞きすることがあり、そのことがおのずと自分の家族を相対化するよい訓練となり、子どもながらに家族の現実というものに触れる機会がまだまだあった。しかし、それ以降そのような機会がなくなると、青少年達の家族のイメージは、テレビのホームドラマのような夢のような幸せな(特にアメリカのものがそうであったような気がするが)ものだけとなってしまうことにもなるのである。それこそ、近代西欧社会の男女の愛を中心とした、家族の理想や完璧さという「観念の餌食」(スーザンソンダク)となってしまう場合が多いのである。そして、家族なんてものは多様な形があり、どれが理想的なものなのかを判定することは不可能であるにもかかわらず、即自己の家族を「機能不全」の異様な家族などと思いこむこととなる。その結果、つまり問題点のない家族なんてこの世に存在しないにもかかわらず、自己の属する家族が機能不全な異常な家族であるとの「観念」にとりつかれ、自分が受験に失敗したりとか、失恋したりとかの何らかの人間関係のいきづまりをきっかけに、家族特に異常な親のせいで自分がそうなったとし、親に暴力をふるったり、引き込もることになるのである。
    そこで、そのような引き込もり状況から彼らを引き出すために、現在日本各地では「引き込もり青年」への訪問活動が行われている。


   
2、「引き込もり」訪問活動者 レンタル姉さんの登場とその仕事内容
   「引き込もり」に対する訪問と「引き出し」の活動にはいろんなNPO団体がある。その中でも、現在最も注目されている団体がこの活動に主として「レンタル姉さん」という妙齢の女性を使う「ニュースタート」という団体である。
 レンタル姉さんの仕事は、まず引き込もりやニートの子供を持つ親からの相談や依頼を受けて始まる。その活動内容は、それらの若者と何らかのコミユニケーションを継続することによって、彼らが自宅に引き込もっている状態から抜け出させることがまずもっての目標である。そしてその過程で、ないしはその後に就労や就学へと彼らを誘導するのが次のステップである。現在レンタル姉さんは、約28名。訪問先は実に全国に及ぶがそれぞれの相談者の地域や若者のタイプに応じて、事務局が彼女たちを振り分け訪問させることになる。

 まず、最初のアプローチは手紙や葉書である。一通ごとに手書きで読んでもらえるように、手書きで自己紹介や事務局に着いての簡単な紹介など、なにしろ見ず知らずの他人から手紙が突然来るわけだから、本人にいたずらに警戒心を持たせないための配慮である。
 週一回の割合で、一ヶ月書き続けた後、初めて電話をかける。出てもらえないことも多く、話がはずむというようなこともまずないが、書き送った手紙の内容を話したり、日常の生活の様子を聞いたりしながら、本人の様子をさぐることになる。
 すぐに会えなくても、もちろん訪問へと段階は進むのだが、その時に順調に進む場合は少なく、当初本人に拒絶される場合の方が多い。
 当然のことだが、働くことに疲れたり、又は人間関係に傷つき、挫折した結果彼らは引き込もりやニートになっているのだから。見ず知らずの彼女からの手紙や電話は、よけいなお世話どころか、はた迷惑な行為と受け取られる場合が多いのである。
 しかし、実はこれからが、レンタル姉さんの真骨頂が発揮されるのである。
 それぞれの人格や考え方による創意工夫を駆使し、彼女らは知恵を絞り、ゆっくりと時間をかけ、引き込もりのバリヤーを破って本人にせまっていく。そこに生まれる引き込もり青年と彼女らのさまざまな心の葛藤や交流はかなりドラマチックで、且現在の社会状況を反映する興味深いものとなっている。それが証拠に、すでに多くのドキュメンタリー的レポートが出され、最近NHKでも放映され好評を博している。
 しかし、筆者がこの小論文で述べたいのは、この両者間に展開されることの中に、我々日本人の持っている歴史と文化と民俗さらには神話についてなのである。



3、女の霊的優位性
 脳と子宮という二つの世界の中心を持つ女は、産むという機能を介して、男性にとって実に不思議な場合によっては、驚異の対象になる存在である。世界を自然と文化=秩序という関係でとらえると、男から見て、女は当然自然の側とみなされるが、そのくせ女は自らのよみがえりを通じて、自然の生命力を文化=秩序に属する男に付与し続けてきたと言えるであろう。男から見れば産むといういわば不死の性を持つがゆえに、実は女は二つの領域の媒介者である。

 ここに、女の男に対する女の霊的優位性の根拠がうかがえる。かくして、女は出産の時自身で行うこと当然であるが、死者儀礼という、先程の例で言えば、文化=秩序に属する場面でも、二つの世界の媒介者であるところの女性が重要な役割を果たすことになる。
例えば、死者の娘や姪か、あるいは近しい女性のみによって、死者をとりまき伽をするなど、いずれも女性のみでそれを執り行われることになる。これは、男には対応(扱えない)できないと考えられるからであり、ここに女性の女の霊的優位性が見て取れるであろう。

 各地の漁村に伝えられてきた話によると、遭難した漁師が浜に打ち上げられた時、そのひん死の漁師達が自分の村の者でなかっても、その村の女達が全裸になって代わる代わるひん死の漁師達を温め、よみがえらせたというようなことが多く伝えられている。
 本来、体温だけから言えば、そのかかる消費量の点から女より男の方が若干高いはずだから、男達が遭難したひん死の漁師の体を温めてもよさそうなものであるが、やはりここには女の霊の力に頼る方がよしとされたのであろう。
 又、よく言われることだが大嘗祭等の構造を見てもしかるとおり、古代日本社会では王の「よみがえり」には祖アマテラスが立ち会うようになっていた。つまり男がよみがえる際には、母つまり女の力が必要だったのだ。
 これに反し、アマテラス等女のよみがえりには、男が立ち会うことはなかった。ここにも女の霊的優位が見てとれるであろう。



4、「レンタル姉さん」は、現代のオナリ神(妹の力)である
 1)オナリ神(妹の力)の民俗史
日本の男には妹は不可欠、妻は必要なくとも、妹は必要だという。
 それにしても、レンタル姉さんはなぜあんなに自信を持っているのか。女性の男性に対する霊的優位性という我々の民俗性はたしかに大きいが、小生はさらに彼女らの自信の文化的根拠にオナリ神信仰があると考えている。それは、姉妹が兄弟を守るという我々の間に今も強く残る民俗的心性である。西欧の姉さんでは、そのような自信はもちえないであろう。
日本本土では、現在でも未ぞう有の危機に男が立った場合、女性とくに「姉妹」ないし「姉妹」なる者が守ってくれるという信仰がわずかに残っていて、日常的には失われたように見えていても、男のある種の危機的状況のもとにあったとき、よみがえってくるのである。
 例えば、先の大戦の時に兵士達は千人針という腹巻きのようなものをつけて、しかもその中に女性の毛を入れて、戦場におもむいたことが、子どもの世代の我々にも知られている。千人の女性の針と赤い糸によって守られているということなのだ。
 沖縄では、姉妹の霊力を信じるオナリ神信仰が強いため、姉妹の織った手拭いを身につけて出征した。沖縄の兵士の間では、枕元に立った妹に手引きされて危機を救われたという話が伝わっている。

現代でも奄美地方では、以下のような島唄が代表的なものとして唄われている。
   
   舟の高ともに坐さゆる白鳥っぐわ
   白鳥やあらぬ をなり神がなし

 これは、奄美地方に残る島唄である。今もよく唄われる。意味は、舟のともに白鳥がとまっているよ、いやあれはただの白鳥じゃない。きっと皆の中の誰かのオナリ神だよ。(幸先がよいぞ。さあ舟出しよう)ぐらいであろうか。
 この場合のオナリ神とは、オナリ(姉妹)の「いきまぶり」すなわち生霊(いきれい)を意味する。つまり白鳥は、姉妹の生霊ということになる。
(金久 正「奄美に生きる日本古代文化」P、194)
 聞くところによると、奄美や沖縄以外の本土にも舟を建造するときに、女性の髪の毛を舟体のどこかに密かに埋め込んでおくようなことが今でもあるようである。これも、オナリ神信仰の名残であると言えよう。

 周知のように、古代日本には、ヒメヒコ制とよばれる兄妹による分掌体制があり、邪馬台国のヒミコとその弟の場合がその典型である。なぜ、そのような体制を取り得たのか、又、取らなければならなかったのかを考える場合、古代の兄弟姉妹間の特殊な霊的紐帯を理解しておかなければならない。
 先にも述べたように、古代女は皆、呪的霊能力をそなえていると考えられていた。そして、この霊能はとりわけ姉妹から兄弟にむけて発揮され、姉妹は兄弟を守る霊的守護者であると信じられていた。その例を、我々の神話や古代にとって見ると、ヤマトタケル─ヤマトヒメ、大津皇子─大伯(斎宮)、サホヒコ─サホヒメ等の兄弟、姉弟の関係がそれに当たる。このような兄妹間の関係は、琉球弧(沖縄と奄美)において強固であり、姉妹は今でも兄弟の守護神である。近年でもそれが色濃く見てとれる。1992年に首里城が再建された。当然、城内に琉球王がいないにもかかわらず、多くのノロやユタがまだ公開前の首里城につめかけた。これは、王がよみがえるためには、その妹であるウナリ神として、ノロが必要と思ったからだ。
 「レンタル姉さん」という訪問活動者が、見ず知らずに近い家庭に行き、あそこまでの成果を出せるのは、今述べたような我々と日本の民俗的な伝統があると考えざるを得ないのである。

2)レンタル姉さんの強さの秘密
    このように彼女らの使命感や自身の背後に、彼女らの背中を押している日本の歴史や民俗を感じたのは筆者だけではないだろう。そう、彼女らの存在(活動)は、「妹の力」なのだ。
・ 彼女らが助け救わんとしているのは、人生の絶対的危機に陥っている男(ほとんどが青年)である。
・ 何故引き込もり青年に対しては同年齢の妙齢の女性でならなければなかったのか。レンタルおじさんやレンタルおばさん、後にはあみ出されるレンタル兄さんではだめなのか。

 危機に陥った人、特に男性で青年を再生(よみがえらせる)させる点が妹の力。
 つまり、種々の社会的なレベルや基準のレベルの観念のとりこになっている引き込もり青年に対してなされる現実的魅力的な生の世界へと説得する力はまさにそうである。
 いわく、「そんなにひとりの価値観に縛られずに、もっと気軽にいろいろな考え方や選択肢があるということに目を向けたりする方がいい」とか「外の世界には苦しいこともたくさんあるけれど、楽しいことも限りないくらいいっぱいあるよ」とか、さらにはそもそも「人との出会いそのものがいいものだ」ということは先述の基準やレベルを相対化する観点を、若者に提起するものに外ならない。又、彼女らは引き込もり青年らが何回も約束を破っても、彼らの引き込もりから本当は抜け出したいという、つまり再生したいという気持ちがあることを信じて、何度も待つのである。そして、2時間や時には5~6時間に待ち続けることさえあるのである。そして、相手を信じるという生きる基本を生きてみせるのである。(川上佳美、荒川龍)
 そして、そのような提起や約束があれば、その人のためにその人を信じて何時間も待つという姿勢は、実は危機的な状況にある引き込もる若者の人生を再生させることになるのだが、それをよくなしえているのは、同年齢の、生むという機能を持つことによって、自然界と現実界とを媒介することのできる女性であるからである。
 もちろん、レンタル姉さんと若者とは、実の兄弟姉妹ではない。しかし、未ぞう有の危機になった現在、イザナギ・イザナミ兄妹による創造神話を持つ我々の「妹」たちは、アダムのあばら骨から誕生したとされる西洋ユダヤ・キリスト教世界の女の始祖たちより、はるかに強力な力を発揮することになるわけである。
キリスト教のシスターが、神の名によって福祉活動の一環として行くことがあるとしても、それは神の命において、ないしは神の愛のもとにおいてなすことでしかないからである。レンタル姉さんのように、オナリ神として直接青年をよみがえらせるような、いわば、巫女的な役割と衝撃力は、求むべくもないのである。妹の力なのである。



5、オナリ神という民俗─「サクラ」は「トラさん」のオナリ神である
 さて、小論はここで完結してもよいのだが、現代人、特に都会の若者らには、このオナリ神的関係が理解しがたくなっていると思うので、以下、映画「男はつらいよ」のフーテンの寅さんと妹サクラを例にとって、我々日本人が今なおいかにオナリ神的民俗の影響の中にいるかを説明してみよう。

「星の王子」様は以下のように言っている。
「心で見なければよく見えない。大切なものは、目に見えないんだ」
「君が君のバラのために失った時間こそが、そのバラをかけがえのないものにしているんだよ」
「君が自分でなじみになったものに対して、君はずっと責任があるんだからね。」
(サンテグジュペリ 星の王子様 稲垣直樹訳)

フーテンの寅さんの物語が、どれだけ我々日本人にとって大きなものであったか、あまりにも大切で当たり前のことは、誰もわかっていても言葉に表せないものだ。「大切なものは、目に見えない」のだ。トラさんの失恋48連発は、オナリ神としてのサクラがいたからできたことなのだ。トラさんの物語が48回も渥美清が死ぬまで続いた秘密はここにある。トラさんとサクラの物語を我々が切に共有しえなくなった時に、我々のオナリ神信仰は消えるのである。その時、トラさんは単なるコリもせず失恋し続ける色バカ親父でしかなくなるのである。
 トラさんの物語第一作と最終作が今なおオナリ神信仰を色濃く残した奄美を舞台としたことは決して偶然ではない。サクラが我々とのオナリ神ならば、トラさんは我々のエケリ(兄弟)だったのだ。
 この映画を見て、我々がいやされるのは当然だったのだ。考えてみるに、失恋してその度に妻の元に戻ったのでは話にならない。又、母親の元に戻ったのでは、もっと気持ちが悪かろう。これは、どうしても姉妹あるいは姉妹的なものでなければならなかったのだ。例の金日成はトラさんの大ファンだったと聞くが、極論を言えば我々日本の男は、妻がいなくてもオナリ神を必要とするエケリなのである。
 欧米人や漢族では、オナリ神的神性は分かりにくいと思われる。けだし、直接出産により生じた母と子の関係を別とすれば、前者での「家族の中の家族」とは、一対の「夫婦」が基礎であって、それに対し後者では血縁をつなげる「父親と息子」が「家族の中の家族」に当たるからである。
確かにこれらに比べて、社会的安定要因となる「家族の中の家族」たるものを持たない日本社会は今、未ぞう有の危機にある。しかし、現在のオナリ神であるレンタル姉さんの登場と、そのある程度の成功は、我々の文化と民俗のさらには家族なるものへの生命がなお枯れずにいることの証として、還暦を迎えて今つくづくと考えている。
 単なるトラさん一家の家族共同体ないし、地域共同体的なものの魅力だけでは48作も続けられるものではない。物語そのものの筋書きはもちろん、演じている役者にもあれだけの48回の回数をやれば、あの物語を物語たらしめている最大のものはサクラとトラさんのオナリ神の関係であることは、無意識にも分かっていたはずだ。特にサクラ役の倍賞千恵子はそのことを直感的に分かっていたはずが、2千年以上にも及ぶ日本人の心性と向かい合わざるを得なかったはずだ。またサクラの夫ひろし役の前田吟も実によくそのことをわきまえた演技をしており、つまりトラさんとサクラのオナリ神的関係を大切にして演じており、単にトラさんに対する敬愛と尊敬の念を表現しているだけではない。
 サクラをぬきに、トラさんだけではなくあの柴又の家族自体が成り立たない。それを考えれば、彼女がひろしの妻である前に、まずトラさんの妹つまりオナリであることが、あの共同体とドラマを成立せしめていることは明白である。夫ひろしはトラさんといういわば無学な義兄にとりあえず心服しているように見えるが、実はそれ以上にサクラという妹=オナリを信じているトラさんに心服しているのだ。母と子の関係を別として、家族の中の家族という関係が父と子の間にでもなく、夫婦の間にでもなく兄と妹との間にこそあった時代、日本の古代には確かにあったのだ。そして、今も我々のその民俗性を失っていないことを、はからずも映画トラさんシリーズは教えてくれたと言えるであろう。そして、それをよくなしえたのは、渥美清と倍賞千恵子の演技力であり、山田洋次監督の力のたまものと言えるだろう。
 一般的に48作も同じシリーズの国民的人気を持つ映画に出演すれば、現実生活の自己が映画にすいとられて、そちらの自分の方が本当であるかのような錯覚を役者は持つのであろうが、トラさんシリーズは、日本人の民俗的な根幹であるオナリ神的なものにふれているため、それこそ根こそぎ自己を持っていかれた感があるのではなかろうか。
 サクラ役の倍賞千恵子が、渥美清が亡くなったとき「何度『お兄ちゃん』と言っただろう」と言っては、もう固定されてそれ以外の自分がどこにもないような錯覚を覚えたのではなかろうか。他の家族、オイちゃんやオバちゃん、夫の治もトラさんの死は大変な意味をもったであろうが、サクラ役の彼女程に神話的なものではなかったと思われる。かく程に、オナリ神的なものは、なお我々を支配していると言えるのである。
 ある、末期ガン患者の男性が、その人生の最後に家族と共にどう過ごすかを話し合った。
旅行するには体力的に無理だということで、家族全員で映画「フーテンの寅」全巻を見ることにしたらしい。それを見終わった後、彼は満足し亡くなったらしい。この話は、我々日本人が、今も何を信じ生きているかを、この映画「フーテンの寅」がはからずも指し示していることを、我々に教えてくれているといえよう。
 我等が現代のオナリ神「レンタル姉さん」が活躍するわけである。




6、付記
 この「現代オナリ神論」は小生の歌のライバルでもある、奄美随一の唄者 坪山豊氏に刺激され出来上がったものである。くしくも彼は瘋癲(ふうてん)の寅さんシリーズに奄美島唄の師匠として出演している。加計呂間島に今も残る寅さんの恋人役の名前を取った「リリーの家」と呼ばれた家の海岸での島唄演奏の場面は印象的である。この映画がつくられてから10年ぐらい経ってから小生はこの同じ加計呂間島で大島海峡の夕陽を見ながら坪山氏の島唄を聴くことになったのである。かんつめ節、雨ぐるみ節等の悲恋の歌に続きウナリ神の歌 ヨイスラ節が終った時、何げなしに小生が「ところで坪山さんのウナリ神はどうしていらっしゃるのかな」と聞いた。すると彼は「ワキャ(私の)ウナリはカゴイマ(鹿児島)とアメリカに居る」と答えた。その時の少し寂し気な、しかし聞いてくれたことそのものが嬉しいといった表情が今も忘れられない。
 小論はあの時彼が歌ってくれたウナリ神を始めとする奄美の女神たちと大島海峡の夕映えに対する、大和人である小生の感謝とお返しの「現代ウナリ神論」である。

豊(ゆたか)兄(あにぃ)のウナリは海越えアメリカの
お婆になりても兄を守るよ

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2009/09/12 (Sat) 屋繁男の歌曲1

日本人の「歌の力」を取り戻すために



 日本人にとって,叙情歌・童謡は仏国人
 のシャンソン,米国人のジャズにあたる
 ものである.

  
若者達と付き合ってみて、だいぶ前から気付いていたことですがそれは歌がないと言うことです。とりわけ皆で一緒に唄う歌がないのです。
たしかに受け継がれるべき伝統にあまりにも固守しすぎると、歌に限らず新しいものが生まれてきません。けれども、伝統を軽んじすぎると、今度は若い同一世代間でさえ一緒に唄える歌がなくなってしまうものなのです。このままでいくと、例えば、親、子、孫三世代が海や山で遭難し、互いに励まし合いでもしなければならなくなった場合、歌を唄おうとしても親は歌謡曲ないし演歌、子は、ポップスないしニューミュージック、孫はロックミュージックしか唄えないということになります。そして、現在ではこの笑えない話を通りこして、若者達同士でさえ、緊急時に励まし合うための歌がないという状況に吾々は既にあるのかもしれません。
戦後しばらくの間までよかったのですが、昭和の40年代の終わりぐらいから我々本土の日本人は、本気で唄えなくなったのです。思うにこの責任は我々団塊の世代以上の者に責任があります。
現在、日本で本気で歌を唄っている地域は二つしかありません。沖縄は八重山と鹿児島県奄美地方ぐらいのものです。小生が若者達の前でこれらの地域のいわゆる島唄とシャンソンを唄った場合、彼等は断然、前者のほうによい反応を示します。これらの歌つまり島唄を大人が本気で唄っていることを、若者らが知っているからです。
奄美や沖縄、特に八重山では今でも本気で唄うということが行われていますが、さらに、本土とはちがって、社会的に評価された人物が唄っています。例えば沖縄県議会議長でもあられた方や、奄美でも市の助役や校長先生等が三線片手に定期的に人前で真剣に唄うことを続けている。このようなことは、本土では聞いたことがない。国会議員や県議会議員が三線やピアノで演奏会を開いている例を小生は知らない。
 その真剣さを見て聞いている若者と、本土の大阪や東京の酒場で酔っ払って適当に唄われる歌謡曲や叙情歌を聞いている若者との間にある差は思っている以上に大きい。 現在、親、子、孫三世代が一緒に唄える歌を想起してみるに大正から昭和の初めに作られ広く唄われた叙情歌や童謡を思い浮かべるのは小生だけではないでしょう。それもそのはず、日本の近代において、叙情歌や童謡はフランス人にとってのシャンソン、アメリカ人にとってのジャズ、アルゼンチン人にとってのタンゴのごとき役割を果たしているものであるからなのです。吾々にとってそれ程重要なものなのです。恐らく吾々が共通して戻れる地点は大正から昭和の初めのそ
の辺りではないでしょうか。
 今回、それらの叙情歌と自作の詩、短歌さらには島唄などを動画として公開します。

日本人が歌の力を取り戻すことを願って。
平成21年9月13日(日)
屋 繁男



ゴンドラの唄と桜井の別れ(青葉繁れる)をYOUTUBEにアップいたしましたので下記のURLよりご覧下さい。

ゴンドラの唄 動画
桜井の別れ(青葉繁れる)

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