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2017/07/24 (Mon) 台湾の日本語世代(多桑)と和歌 ー蔡焜燦さんを悼む-

台湾の日本語世代(多桑)と和歌                                           -蔡焜燦さんを悼む-

                         平成29722
                             屋 繁男

 

西欧の詩歌では自然をテーマとしてもそれを材料にしてほとんど自分の心情を述べている。日本の詩、特に短歌では自然そのものを述べており、さらには自然の中に自己をひそませてしまっている場合が多い。これは主語や主体がはっきりしない日本文芸の代表として和歌を揶揄する「短歌第二文芸論」に集約される論点である。

しかし自然と人間が一体となっている世界、つまりある場合には人間が自然の中に埋没したり、ある場合にはそこから出現したり、自由自在なこの和歌という文学形式の本質を台湾の多桑世代はどこか直感的に知っていたように思われる。つまり日本アニメのドラエモンやポケモンと同じような属性が世界最小の語数による和歌、俳句という定型詩のうちにあることを見抜いていたと言えるだろう。さらに言えば諸々の挽歌、相聞歌のうちに生と死の垣根さえ越えて人と人とないしは人と自然とがふれ合えるような、それこそ他の文明にはない「力量」がこの和歌という短詩型文学の中にあることを直感していたと言ってもよい。

一つ二つ例を上げておくと、

 
駒とめて袖打ち払う陰もなし佐野のわたりの雪の夕暮れ 定家

山々ははるかに暮れて 小枝吹くひとすじの そよぎも見えず
タ鳥の唄木立に消えぬ あわれはやわが身も憩わん 
                  
ゲーテ 旅人の夜の歌

 

一番目の定家の有名な歌は、雪の風景の中に人物と馬が溶け込んで風景全体が穏やかに納まっていると吾々なら誰もが納得するであろう。もし西欧的文学の伝統から言えば人間が風景の中に溶け込んでおり、ヒューマニズム(人間中心主義)の立場からすればあまり面白くないとも言えるであろう。

 

二番目は有名なゲーテの詩を大山定一が訳したものである。我々が日本語訳で読むと主人公が実にうまく夕暮れの景色の中に納まり安住しているように見える。しかし先程の定家の歌とは違って独文では、恐らく自然の中に納まりきれない主人公の自己が、やはり大きく居座っているはずであろう。我々は大山定一の名訳の日本語でこれを鑑賞しているので、和歌の伝統にそって理解してしまうのだ。

さて戻りますが、この自然の中に納まったり消えたり、またそこから突出したりする文芸的テクニックが、和歌の中にあることを、そしてそのことが人間を幸福にする一つの手段であることを台湾の多桑世代の歌人たちはよく知っているように思われます。

また、時間の流れというものも自然の大きな一部とすれば、死というものもその最たる結果に外なりません。日本では一番の幸せは何かと聞かれれば「親が死に子が死に孫が死に」であり、逆縁、つまり子や孫が先立つことが一番の不幸だと小生の母親が言ったことがありますが、我々はこのように自然(死)とも付き合える感性を持ち続けてきたのです。

さらに言えば、「死に関して独特の考え」を持っており日本人とその文化と文明が世界的な趨勢ニヒリズムとの闘いに独自の拠点として今もあることを多桑世代の方々は知っているはずである。

先の大戦時に日本人と台湾の多桑たちは死に際して、ニヒリズムを克服する独特の手法を共有したことであろうことはほぼ間違いないでしょう。その一つの方法が短歌という方法であったことは間違いないでしょう。

だからこそ蔡焜燦さんは日本人(日本語族、日本文明人)よ胸を張れと言ったのです。

呉建堂さん、蕭翔文さん、王冬梅(進益)さんそして蔡焜燦さん、彼らから小生は日本精神はもちろん日本文明を学ばせていただきました。

ありがとうございました。多謝多謝

 

最後にエピソードを一つ。十五年以上も前、八重山は石垣島での三線コンクールに、娘のステージパパとして付き合ってついでに与那国島に足を伸ばしたことがあった。その時、年に数度しか見えない台湾が海の彼方によく見えた。うれしくなって、携帯電話の国際電話というものを初めて使って蔡焜燦さんや王冬梅さんらに電話をした。玉山がきれいに見えることを伝えると、今すぐ来いと言う。それは無理だと答えると、小生が阿里山あたりにいると考えて、今夜か明日には会えるだろうとおっしゃった。やはりそれも無理で今与那国島から台湾と玉山を眺めているのだと言った時の彼らの反応は今も忘れられない。「台湾は玉山島と言ってもいい大きな大きな島にみえるんだよ」と言うと「そうか、そうか」と何度もおっしゃり、このハイテクの時代に万葉の相聞のやりとりのごとき感慨にひたったことでありました。

 

バスの中へ吾をたずねて一直線

      我らが老台北 多謝多謝

 

        与那国の海の彼方に立ちませる

     かの玉山を吾娘(あこ)と見し夏

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2017/07/22 (Sat) 蔡焜燦翁を悼む

蔡焜燦翁を悼む
バスの中へ吾をたずねて一直線
    我らが老台北多謝多謝

                   平成29年7月18日 屋 繁男

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