2009/09/12 (Sat) 屋繁男の歌曲1

日本人の「歌の力」を取り戻すために



 日本人にとって,叙情歌・童謡は仏国人
 のシャンソン,米国人のジャズにあたる
 ものである.

  
若者達と付き合ってみて、だいぶ前から気付いていたことですがそれは歌がないと言うことです。とりわけ皆で一緒に唄う歌がないのです。
たしかに受け継がれるべき伝統にあまりにも固守しすぎると、歌に限らず新しいものが生まれてきません。けれども、伝統を軽んじすぎると、今度は若い同一世代間でさえ一緒に唄える歌がなくなってしまうものなのです。このままでいくと、例えば、親、子、孫三世代が海や山で遭難し、互いに励まし合いでもしなければならなくなった場合、歌を唄おうとしても親は歌謡曲ないし演歌、子は、ポップスないしニューミュージック、孫はロックミュージックしか唄えないということになります。そして、現在ではこの笑えない話を通りこして、若者達同士でさえ、緊急時に励まし合うための歌がないという状況に吾々は既にあるのかもしれません。
戦後しばらくの間までよかったのですが、昭和の40年代の終わりぐらいから我々本土の日本人は、本気で唄えなくなったのです。思うにこの責任は我々団塊の世代以上の者に責任があります。
現在、日本で本気で歌を唄っている地域は二つしかありません。沖縄は八重山と鹿児島県奄美地方ぐらいのものです。小生が若者達の前でこれらの地域のいわゆる島唄とシャンソンを唄った場合、彼等は断然、前者のほうによい反応を示します。これらの歌つまり島唄を大人が本気で唄っていることを、若者らが知っているからです。
奄美や沖縄、特に八重山では今でも本気で唄うということが行われていますが、さらに、本土とはちがって、社会的に評価された人物が唄っています。例えば沖縄県議会議長でもあられた方や、奄美でも市の助役や校長先生等が三線片手に定期的に人前で真剣に唄うことを続けている。このようなことは、本土では聞いたことがない。国会議員や県議会議員が三線やピアノで演奏会を開いている例を小生は知らない。
 その真剣さを見て聞いている若者と、本土の大阪や東京の酒場で酔っ払って適当に唄われる歌謡曲や叙情歌を聞いている若者との間にある差は思っている以上に大きい。 現在、親、子、孫三世代が一緒に唄える歌を想起してみるに大正から昭和の初めに作られ広く唄われた叙情歌や童謡を思い浮かべるのは小生だけではないでしょう。それもそのはず、日本の近代において、叙情歌や童謡はフランス人にとってのシャンソン、アメリカ人にとってのジャズ、アルゼンチン人にとってのタンゴのごとき役割を果たしているものであるからなのです。吾々にとってそれ程重要なものなのです。恐らく吾々が共通して戻れる地点は大正から昭和の初めのそ
の辺りではないでしょうか。
 今回、それらの叙情歌と自作の詩、短歌さらには島唄などを動画として公開します。

日本人が歌の力を取り戻すことを願って。
平成21年9月13日(日)
屋 繁男



ゴンドラの唄と桜井の別れ(青葉繁れる)をYOUTUBEにアップいたしましたので下記のURLよりご覧下さい。

ゴンドラの唄 動画
桜井の別れ(青葉繁れる)

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 ブログ開設、おめでとうございます。

 早速、リンクを貼らせていただきました。相互リンクの方をよろしくお願いいたします。

 URLは、http://nozochan.blog79.fc2.com/
「倶楽部ジパング・日本」

     http://nozowata.blog66.fc2.com/
 
  「うさねこ研究室」

     でございます。

 これからもよろしくお願いします。  

2009/09/13 21:53 | N.W(うさねこ) [ 編集 ]


ブログ開設おめでとうございます ^^ 

インターネットの世界では始めまして、恩義(Oblige347)と申します。 

私はポップやロックの類に興味が無く、ひたすらシャンソン、ジャズ、クラシックに一直線なもので、同世代の人間とはだいぶ趣向が違います。 

確かに、日本民族の心のよりどころになるような歌があってもいいでしょう。 ただ、私のように、日本の歌にまったく興味がなく、周りの主流派とまったく相容れないアウトサイダーにとっては、この問題は優先解決事項ではなく、私個人にとってはどうでもいいことなんですよね。 本来なら、歌や音楽が文化を守るのではなく、文化が歌や音楽を守るべきなのですよね。 フランス文化にしろ、ラテン文化にしろ、その心のよりどころとなるような文化に郷愁を感じるからこそ、それを歌なり音楽なりに表現しようとした結果、世代や共同体において受け継がれるものが生まれるのですよね。 っということは、日本文化という存在そのものにそういう魅力を感じられないという事態が生じているのでしょうね。 現に私のように、日本人として生まれ日本社会において育ったものでも、日本の社会、文化などを怪訝する個人がいるのです。 やはり、管理人様の提示なされた問題を解決するには、その歌や音楽を形成する根本となる「文化」が魅力的であるかということですよね。 

2009/09/18 16:49 | 恩義(Oblige347) [ 編集 ]


相互リンク 

早速、リンクを貼らせていただきました。相互リンクの方をよろしくお願いいたします。

 URLは、
http://www.geocities.jp/oblige347/
「Art&Blue-Liberalism」

でございます。

 これからもよろしくお願いします。 

2009/09/21 12:18 | 恩義(Oblige347) [ 編集 ]


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2010/01/31 17:57 | [ 編集 ]


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